生まれ変わりと死後の世界

前世はあるのか、生まれ変わりはあるのか、死後の世界はあるのか、という論争がありますが、こうした問題をどう考えるべきなのでしょうか。科学的思考という意味では、あるとも証明できないし、ないとも証明できないものについては「わからない」とするのが正しいと思います。しかし、著名な学者先生であってもどちらか一方を信じておられる方は、自説を主張して他を否定しています。20世紀を代表する宗教学者ミルチア・エリアーデは、人間には二種類あると書いています。聖なるものを感じるセンスのある人間と、聖なるものを感じるセンスのない人間です。共産主義者や社会主義者に、唯物論者が多いですね。昔、丹波哲郎さんが「死後の世界の証明」という本を書かれていました。

前世療法

その中でおもしろいと思ったのは、丹波さんは、まず、前世療法をあげて、催眠状態で前世を思い出すことができることを指摘、次に、臨死体験をあげて、臨死状態では共通したあの世体験をしていることを指摘、次には前世を記憶する子供たちについてのバージニア大学の研究をあげています。このひとつひとつを検証することで、総合的に考えると死後の世界はあるとするのが妥当であると結論づけていました。否定する人というのは、こうした研究の成果をまったく知らないし、また知ろうという意思もないのです。そして無知ゆえに相手をカルトだとかオウムだとかと一緒にするのです。中には前世の肯定は危険思想とする人もいます。全世界にいる仏教徒やチベット密教、ヒンズー教は輪廻転生を認めているのに、彼らは危険思想なのか。プラトンも著書で生まれ変わりを説いているのに、それも危険思想なのか。ということになります。

お天道様と私たち

日本文化と日本人の道徳は密接なつながりがあります。神社をめぐると、日本人が伝承してきた道徳について、深く考えさせられることがあります。明治時代に日本人の暮らしを観察した外国人の多くは、日本人の高い道徳性に感嘆して、記録に残しています。子供をとても大事に育て、教育していたことも記録されています。いま、幼児虐待のニュースを頻繁に見かけますが、こんな悲しい国になってしまったのはなぜでしょうか。教職員をしている知人の話では、最近、特に子供の質が低下しているということです。質というのは、道徳的に立派な子供が少なくなってきているということです。これは家庭での教育の質が低下しているということの表れです。神棚を家族でしっかりお祭りしたり、神社で神様に手を合わせる家に、幼児虐待はおきるはずはないと思います。神という存在に畏敬の念を持ち、「神様がご照覧されているから正しく生きることが大事ですよ」と子供を諭す、祖父や祖母の存在も少なくなったと思います。「おてんとうさまに恥じない生き方」をするのが日本人の美徳ではないでしょうか。

日本の道徳の質が低下する危険性

ある研究者の話では、日本はあと30年後には道徳的な意味での国民の質がいまの半分くらいのレベルになり、50年もすれば、他の国と、道徳的に何も変わらないレベルになってしまうそうです。外国からの移民などを認めることでさらにそれは加速されることでしょう。こんな時代だからこそ、もう一度、神社と日本文化について考えていきたいと思います。神社の存在する意味と価値、祖先から残された偉大な遺産である日本精神、日本人ならではの美徳。そういう美しい心を少しでも次代に伝承していかねばなりません。日本の神話を子供たちに教えていくことは大切です。
 

スポンサード リンク



※著作権は放棄していません。ウェブサイト上の画像・文章などの転載、引用はお断りいたします。