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明治神宮と皇室

明治神宮のご祭神である明治天皇様は、神祭りをとても大事になさっていました。現在の天皇陛下は第125代ですが、すべての歴代天皇は父方をもとへたどると第一代神武天皇に必ず系図の上でつながる男系継承を維持されています。建国記念の日とは、日本建国を記念する日です。その意味について、理解している若者や子供は少ないです。この日は、伝承の上で、第一代である神武天皇が即位された日です。この意味を学校で教えていないというのは異常です。それどころか、中学受験の参考書などには、「神武天皇は実在の天皇ではない」とまで書いているものもあります。

建国記念日の由来

日本の建国の物語を詳しく知っている若者が非常に少なくなっています。小学生向けの日本史の「歴史人物15人」などは一人目が卑弥呼、二人目が聖徳太子です。これのどこがおかしいかを理解する者も少なくなりました。日本の建国記念日は2月11日ですが、この日がどのようないわれを持つ日か理解している人は少ないようです。学校で教えてくれないからですね。この日は伝承の上では、初代天皇である神武天皇が奈良の橿原で第一代の天皇として即位された日です。この日、「神武建国の詔」と後に称されるようになった有名な建国の宣言がなされたのです。

神武天皇による日本建国宣言とは?

『上は則ち乾霊の国を授けたまいし徳に答え、下は即ち皇孫の正を養いたまいし心を弘めん。然して後に六合を兼ねて、以って都を開き、八紘を掩ひて宇(いえ)と為すこと亦可(し)からずや』武力で先住民を制圧したのではなく、天より国を託されたという謙虚な姿勢で、天に道義があり平和がある如く地上にもそれを実現しようと宣言されたのが、「神武建国の詔」です。そのとき、神武天皇は皇祖として、イザナギ、イザナミ、アマテラス、スサノオ、ニニギノミコトなどをお祭りして、国の安泰を祈ったとされています。天照大御神が伊勢神宮にお祭りされるのは、それからさらに時代が下り、『日本書紀』垂仁天皇25年3月の条に、「倭姫命、菟田(うだ)の篠幡(ささはた)に祀り、更に還りて近江国に入りて、東の美濃を廻りて、伊勢国に至る。」とあります。垂仁天皇は、皇紀632年から皇紀730年に在位されています。

神武天皇が実在したことは証明されている

神武東征の詳細な記述が日本書紀にあり、河内平野での神武一行の動きの記述から、河内平野の形成期の紀元70年ごろがその時期であると判明しているのです。シュリーマンの叙事詩からトロイの遺跡を発見したとき、専門家の多くはホメロスを否定し、実在を否定していたのです。しかし後に実在は証明されました。これと同じです。ところで、皇室は第一代から現在の第125代の天皇様まで、すべて男系継承を守ってきています。これが皇位継承の不文律です。女性の天皇が即位されても終生独身を守り、男系男子へと皇位を引き継いで男系継承を維持しています。男系の子が直系にいない場合は、第14代仲哀天皇がそうであったように、皇族の中から男系男子を探し出して即位して頂いたのです。仲哀天皇の御父上は第13代成務天皇の兄、日本武尊命です。これは成務天皇に子がいなかったからです。神武天皇の実在は下記の書籍をぜひお読みください。


日本の誕生 皇室と日本人のルーツ

女系天皇・女性天皇の容認は皇室滅亡への道

こうした皇位継承を不文律を無視して、女系天皇容認を主張しているの人々がいます。彼らが根拠としていたのは渡辺前侍従長の言葉ですが、その渡辺前侍従長ご自身が「女系は陛下の御意志にあらず」と八木秀次氏に明言されたことが最近明らかになっています。最近、夫婦別姓を選択的に認めさせようとの運動が推進されていますが、これは非常に危険な道です。中韓の風習である夫婦別姓を導入すればますます彼らは日本をわがものとしやすくなります。夫婦別姓は女性宮家を正当化する道を開きその先は女系天皇を生み出して皇室を破壊しようとの本心が見え隠れしています。日本社会を崩壊させるきっかけとなる選択的夫婦別姓は絶対に認めてはなりません。
行ってはいけない危険なパワースポット

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