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キリスト教伝来は西暦1549年以前にもあった

フランシスコ・ザビエルによるキリスト教伝来は西暦1549年です。
一般的にはこの時に日本にはじめてキリスト教が侵入したとされます。
ところが、最近の研究によると、実際の渡来はそのはるかな昔にあったようです。
キリスト教の一派であるネストリウス派は、中国に伝来して景教と呼ばれました。


その景教というキリスト教一派が日本に伝わった時期は、なんと聖徳太子の時代だと判明してきたのです。
聖徳太子は604年に十七条憲法を発布しましたが、この憲法の制定に際して、
さまざまな古今東西の教えを研究されたといわれています。


その中には、その当時に伝来した景教の経典も含まれていたとされます。
聖徳太子のブレーンであった秦河勝は、景教を信仰していたそうです。
その秦氏が創建したという神社が日本各地に残っています。


京都を中心に残っているのですが、その神社は実は景教の神を祭っていたとされます。
景教の神とはもちろん、キリスト教の神です。
なんと日本の神社の中には正体がキリスト教の神を祀っているものが存在しているのです。


キリスト教が古来から日本に渡来していたというのは驚きです。
しかも、神道の中にそれが溶け込んでいたというのです。
神社では手を洗う儀式や、体を水で清める儀式が伝わっていますが、これなども
キリスト教のパプテスマと同じではないか、洗礼の儀式そのものではないかといわれているのです。


そして景教が聖徳太子の時代に日本に渡来したそのはるか以前に、
ユダヤ教徒も日本に渡来していたのではないかと最近の研究では言われてきているのです。


 

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