伊勢神宮では建国記念日にも祭祀が行われます

伊勢神宮では建国記念日に、日本の建国を祝う神事を行っています。神職が四十名近く参加して行われる大神事のひとつです。伊勢神宮は年間を通じてほぼ毎日、何らかの祭祀の神事が行われている日本最高のパワースポットですが、それぞれの神事に関与する神職はどの神社より多く、高い意識と使命感をもって斎戒沐浴のうえ、神事のお取次ぎを行っておられます。そもそも、日本の建国記念日は、神武天皇が第一代の天皇として即位された日を伝承にもとづいて割り出し2月11日と定められたものです。それまでは日本という国ではなく、各地に豪族が群雄割拠していました。九州の高千穂から、初代の神武天皇となられたカムヤマトイワレビコノミコトが、兄君であらせられるイツセノミコトらと神軍を進めながら、各地を平定されました。

天孫降臨の物語

その平定の行いは、征伐ではなく、言向け和すことを第一とされ、天孫たる我らに臣従して、この国をひとつにまとめたいとするお心をもってつらぬかれました。最近の研究によれば、日本各地には古代ユダヤの民族が移住してきており、それぞれの地域の領主となっていたともいわれています。そして、天孫の子である神武天皇は、そのユダヤ諸部族をひとつにまとめえるガド族の王であったというのです。ヘブライ語で、ミ・ガドとはガド族の王という意味だそうです。このミ・ガドがやがて、天皇を意味する「ミカド」になったといわれています。したがって、神武東征の一行は、日本各地に散らばっていたユダヤの部族に声をかけて、日本建国の偉業に参画させるものではなかったかとも考えられているのです。

神武東征とニギハヤヒ

神武の一行が、大和に到達したとき、その地にはすでに別の天孫がいました。これがニギハヤヒノミコトです。神武とニギハヤヒのあいだでは、天孫の証である神器の示しあいなどの証の見せ合いのような対決もあったと伝わっています。やがて真に皇位につくべき天孫の子がカムヤマトイワレビコのほうであると悟ったニギハヤヒは降り、皇室を守護する物部氏の祖となったと伝わっています。第一代神武天皇から、現代の第125代の天皇陛下まで連綿と男系継承によって皇位が継承されてきました。系図の上で父親を順番にさかのぼると必ず神武天皇につながっている継承の不文律を後になって男系継承と表現するようになりました。2015年は皇紀2675年です。日本は世界最古の歴史をもつ国なのです。この不文律を維持するには、悠仁親王殿下が皇位につく必要があります。愛子内親王殿下では、次の代で男系継承は途絶え、皇室は滅亡しますので、それだけは避けなければなりません。女性宮家などは断じて作るべきではありません。
行ってはいけない危険なパワースポット

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