生まれ変わりの目的とは?

人間は完全円満な理想的人格を目指して転生しています。万能性、自在性が最終的な目標です。『中庸』に「中とは喜怒哀楽のいまだ発せざるもので、ひとたび発して節にあたる」という教えがありますが、強い時には強く、弱い時には弱く、固い時には固く、やわらかい時にはやわらかく、行動がすべてツボにはまっていて適切であることが「中」だというのです。

生まれ変わりを重ねて円満な人格になる

万能性があり自在性があり多様性がある存在、完全円満な理想的人格を目指すことが万人の共通テーマです。もちろん、いきなりそれは不可能なので、まず、長所を伸ばしましょうということから始めるのです。西洋占星術でいえば、十二の星座にはそれぞれ得意分野や長所がありますが、修業ができた人、転生の回数の多い人は、次第にすべての特徴や長所を身につけていくことになります。そして必要なときに必要な要素を出せる人となっていくのです。すると欠点は次第に目立たなくなっていきます。

万能自在な魂になるため生まれ変わる

最初はいびつな形だったのが完全な球形になっていくわけです。自在性、万能性、多様性に少しずつ近づく途上にあるのです。行動がぴたりとツボにはまり、適切にできている、というのが目標です。強くあるべき時には強く、弱くあるべき時には弱く、ということが、まず自分の得意分野、長所の発揮の中でできてくれば、魂を磨けているということです。得意なこと、むいていること、やりたいこと、努力することで喜びを感じること、そこに向かうことが大切です。反対に頑張っても苦しいだけの自己犠牲なら、進むべき方向性にズレがあるということです。

頑張らない生き方は人を救うのか?

頑張らない生き方」が流行っているのでしょうか。しばしば「がんばらない」というメッセージを目にします。
明るく前向きに生きようとしている人へのアンチメッセージのようでもあります。この宇宙の進歩発展、生成化育の姿から、人もまた前進や発展を希求するのがその本質ではないでしょうか。

前向きな努力や向上心のない人生に意味はあるのか?

緩急自在といいますが、急いだり、ゆっくりしたり、人生には、時に休息も必要です。しかし、もし、ずっと死ぬまで休息しているとしたら、その人生は何だったのでしょうか?世には重度の障害を持ったり、ハンディを持ったりしていて、その結果、生きているだけでも奇跡という人もいます。そういう人にとっては、生きることもまた努力です。しかし、普通の人が、そういう状況の人と同じ視点に立ち、前向きな努力や向上心などを持つこともなく、「がんばらない生き方」に安住しているとすると、それは単なる「怠り」となってしまいます。

人が感動する生き方の共通点は「チャレンジ精神」

世に流行する映画や小説、感動する作品とは、人間の進歩、向上や試練を克服する生き方をテーマにしたものが非常に多いですが、それは人の魂が普遍的に「努力」を求めるものだからです。「がんばらない生き方」よりも「がんばる生き方」のほうがよほど普遍的な価値があると魂の次元では万人が理解しているということです。今いる場所より一歩でも二歩でも前に進んでいくことにこそ、生きていく意義があるし生まれてきた意味があります。もし、「がんばらないでいいよ」とのアドバイスが正しい処方箋となるとしたら、それは、その人が、「過剰に頑張りすぎている」場合か、または、「自分に合ってない道で無理をしている」場合だけです。これは偏向を正すということでしかなく、自分に合う道で適宜、頑張ることで解決できます。

何事にも偏り過ぎないバランス感覚が大切

類似の例を挙げれば、もし、自己中心に過ぎる人がいたら、「もっと利他の精神で生きなさい」というけれど、あまりに自己犠牲で利他の精神に偏し過ぎているなら「もっと自己中心に生きないとストレスで病気になるよ」とアドバイスすることになるということです。私たちが大前提として踏まえておくべきことは、「魂を磨くために生まれてきたのだ」という点です。長所を伸ばすことも、短所を改めることも、どちらも有意義であり、完全円満な理想的人格への道です。そして、人間力をつけて、自分の生活を整え、実業や生産活動で富を生み出し、豊かに生きることは万能性の発露であり、徳積みであり、そのまま魂を磨いていることにつながるのです。

この世に生まれてきた目的は魂の進歩向上のため

「頑張らない生き方」などと言っていると、大脱皮や大飛躍はいつまでたってもできません。大悟徹底することもないでしょう。「ありのままでいい」などと、耳にやさしい言葉は、麻薬のように人を堕落させてしまう場合もあるのです。ただし、あなたが今、頑張りすぎの傾向があるならば、適度に息抜きをし、自分を幸せにするご褒美を与え、ストレスを緩和して癒すセルフケアも、もちろん必要です。

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